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起業ストーリー

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Story

世界に通用するCAD製品を作りたい。
CTO 前田 吉男

愛知県名古屋市生まれ。工業高校卒業後に工作機械メーカーを経て、電子機器メーカーへ転職。そこで新規事業のCAD開発に従事。1999年9月、現代表とともに起業。

代表取締役 永岡 孝一

三重県伊賀市生まれ。京都大学卒業後、電子機器会社に就職。6年間営業を経験したのち本社の企画部門へ。1999年9月、同僚だった前田とスピンオフしてシステムメトリックス社を設立。

起業時の構想と現実

永岡 起業前からあたためていた構想を基に開発したソフト「DesignMetrix」をリリース。この商品名は、企業名のSystemMetrixよりも先に決めていた。この商品名を決めた後、それに合わせて企業名を決めた。それだけ期待も大きかった。
当時、業界のメディアにも取り上げられ注目されたので、紹介セミナーを開催したり客先でプレゼンをしたりと結構二人で国内旅行をした。

前田 そうそう、大企業から声がかかった時など、嬉しくて飛んで行った。
自動設計のサンプルをプレゼンで見せた時などはドヨメキが上がり、嬉しかった。

永岡 この製品を国内市場でヒットさせ、力をつけて海外に出る構想を思い描いていた。今から思えば、この時がスタートアップ企業として、乗りに乗っていた時期だった。

前田 しかし、注文がなかなか来ない。プレゼンし、ヒアリングをし、見積提示を何回か繰り返し、ようやく受注。成約まで時間がかかりすぎる。

永岡 見立てが甘かった。いい製品を創れば流れるように売れると思っていた。手持ちの資金が見る見る少なくなっていく。“背中に汗をかく”感覚を初めて味わう。自社製品の営業活動していく中、このまま続けていけばいずれ破綻するのは目に見えていた。DesignMetrixビジネスの立ち上げをあきらめる。起業して10ヶ月、早くも倒産の危機に。

前田 でも社員にはそんなことは言えないし。ただ、我々が必死にやっていたので、気づいていたと思う。

命を繋ぐための闘い


永岡
 事業を立ち上げる活動から一転、会社を存続させる闘いへ。年間計画もビジョンもあったものじゃない。生き残るために必死だった。社員も気づいていたから、“日銭を稼ぐ”仕事を進んでやってくれた。今思えば有難い。

前田 何が何でも、お金を稼げる仕事をしないと。でも、仕事はどこに?

永岡 CADの仕事がありそうな大手SIerに飛び込んだ。しかし創業間もない企業に簡単にシステム開発を注文してくれる企業などない。何件も飛び込みをしていく中、小さな案件の注文を何とか獲得する。「分けてもらう」と言ったほうがイメージしやすい。

前田 まさしく、分けてもらった小さな仕事を、必死になってこなしていく。失敗したら後がないので。そして、少しずつ信頼を得てボリュームのある仕事を回してもらえるようになった。

永岡 どんなきつい仕事でも、「喜んで」と。

前田 一番、厳しかったのは、炎上していたシステム案件のレスキュー。これは、結局3カ月間の夜勤仕事になった。お客様がテストを日中に実施、夕方まとめられたバグレポートに従い、夜中にプログラム修正を行う。これを休みなしで3カ月回した。

創業の原点に戻って

永岡 そうこうしているうちに、少しずつ信用もあがり、仕事(下請け)も多くなり資金繰りも一息つく。

前田 このまま今のやり方を続ければ、何とか生き延びられると思えるようになった。

永岡 でも、この仕事(下請けのシステム開発)をやりたくて起業したわけではない。システム開発の仕事をやりながらも、新商品の構想を巡らし、夢を追っかけた。そして、システム開発の仕事の合間を見つけて自社製品の開発を行う。今度こそと思って商品を市場に投入するも不発に終わる。その繰り返し。

前田 結局、現行のIJCADがヒットするまで、10製品近い製品をリリースしたと思う。

頂上へ向けてアタック


永岡
 そしてIJCADが時流を受け売上が急激に伸び、ようやく当初目指したもの「世界に通用するIT製品を作りたい」を言葉にすることができるようになった。それまでは、「世界」なんて、恥ずかしくて言葉にすることすらできなかった。2018年頃には、システム開発で稼ぐソフト会社ではなく、自社製品だけで会社運営ができる、いわゆるソフトウェアメーカーになることができた。

前田 品質の悪かった当時のIJCADユーザーさんから突然電話がかかってきて、「久しぶりに最新のIJCADを試してみて驚愕した。全く別物だ。なんでもっと早く言ってくれない!」と言われ、嬉しかった。現在は、ニッチマーケットだけれど、国内マーケットでは、圧倒的なシェアを獲得した。

永岡 ようやく創業時の思いを実現するベースキャンプに到着した、という感じ。ここにたどり着くのに20年かかってしまった。もう迷っている暇はない。起業時の思いを実現するため、チャレンジするのみ。